Now Playing Tracks

片付けしてたら電池切れのG-SHOCKをふたつも発掘した。
なんだか惹かれるものがあったのでダメもとで蓋開けて電池交換した。
分解とか機会いじりとかは苦手である。情報収集しながらなんとか交換完了。
ご覧の通り動きまして、えらく嬉しいわけです。
片付けしてたら電池切れのG-SHOCKをふたつも発掘した。
なんだか惹かれるものがあったのでダメもとで蓋開けて電池交換した。
分解とか機会いじりとかは苦手である。情報収集しながらなんとか交換完了。
ご覧の通り動きまして、えらく嬉しいわけです。

片付けしてたら電池切れのG-SHOCKをふたつも発掘した。
なんだか惹かれるものがあったのでダメもとで蓋開けて電池交換した。
分解とか機会いじりとかは苦手である。情報収集しながらなんとか交換完了。
ご覧の通り動きまして、えらく嬉しいわけです。

溺れることをどうして怖いと思うのだろう。
自制が効かない、止めてくれる人もいない、そんな世界に堂々と飛び込んでいくなんて、どれだけのエネルギーが必要なんだろう。
頼っていいよ、とまわりの人たちは言ってくれる。
誰にも頼らなくていいと思っていたのは、先述の世界に飛び込むのが怖かったから。
周りに人がいようが、のめり込むときはいつだって一人なのである。

泳げばいいんでね?
で、溺れたときに助けてもらえばいいんでね?
なんて、ちょっと前のわたしからは出てこなかったであろう言葉が頭に浮かんだ。

たまには真面目に書きましょう。

あれやこれやとSNSに手を出して愉しんでいるので、Tumblrにまで手が回らない状況が続いています。写真置き場という名目だけど、わたしは寒いと写真取らないコタツムリですしね。
でもTumblr好きだなあ。チェックだけは欠かさないし。

自分が幸せ恐怖症だと知ったのは十代の中頃だったと思う。鍵盤を叩く人と話していて、さては幸せ恐怖症だな〜って言われたんだった。
醜形恐怖症はよく聞く。わたしは自分が醜いとは特に思わなかったけど、美しいものに畏怖していて、同時に過剰な憧憬を抱いていたように思う。
最近やっと触れそうな距離にまで来られた。
とても大事に思っていたから、壊すのが怖くて触れなかったらしい。
遠くから眺めていればいいもの(たとえば月とか)なら平気だったのはそういうことらしい。
触れなかったのは、もっと日常の隅っこにあるもの、

少しずつだけど具現化する環境を整えている。
またいろんなひとの思いが流れ込みはじめた。
むかしのように拒否反応はおこらない。大人になったなあ。

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